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夜の用水路とカニ

 当時4歳の息子が、なかなか寝つけない時期があった。"子どもは寝る時間"になっても、YouTubeで覚えた「サワガニ」という小さな生きものが気になり、「サワガニを採りにいきたい!」と言って聞かない。ああでもない、こうでもないと、息子を寝かしつけるために試行錯誤していた私は、ふと考えた。  人はお風呂あがりに体温が下がるタイミングで眠気を感じる。それならば、いま電動自転車をこげば、息子は心地よい夜風に吹かれて、自転車の上で眠りに落ちるはずだ。そう思い立ち、私は息子を乗せて近所の用水路へ向かうことにした。  結果的に眠ったときもあれば、眠らなかったときもある。だが、はじめて夜の用水路に到着し、ライトを照らして複数のサワガニを見たとき、私は息子とともに心をおどらせた。はじめのうちは採ることができなかったが、段々と慣れ、二人ともサワガニと遊べるようになっていった。  夜の「ガサガサ」を始めて数週間がたったころ。今度は息子が、YouTubeで知った「モクズガニ」を採りたいと言い出した。本当にそんな生きものがいるのか半信半疑のまま、夕方に別の用水路へ行ってみる。すると、そこにいた"同業者"が「ここはたまにモクズガニがいるんです。」と教えてくれた。  それから数日後、私たちはモクズガニを探して再び用水路を訪れ、何か大きな生きものに遭遇した。直径十何センチの、大きな黒い石か葉っぱのような物体。だが、私たちの足音を聞くと、それはさっと川底に消えてしまった。  翌日、私と息子はまた同じ場所へ向かった。声をひそめ、用水路に明かりを照らしながら、ゆっくりと歩いた。何回か往復すると、いた。たしかにいた。しかし、またしてもその物体は消えてしまった。あれは一体なんなのだろうか。モクズガニとやらなのだろうか。そうであってほしい。私の心は好奇心とわくわくで溢れていた。息子も同じだったのだろう。「モクズガニをつかまえたい!」と泣いていた。  そして三回目。再び同じような物体と遭遇した。私と息子はできるだけ小さな声で言葉を交わした。(いたいた!どうする?きみがとる?とうちゃんがとる?) そんなやり取りの末、過去三回で最も大きなその生きものを、私が手づかみすることになった。息を潜め、唾を飲み込む。石の隙間でカモフラージュしているその生きものにそっと近づき、一気に掴ん...

マーブル模様

  四方を山々に囲まれた善光寺平にある高校を卒業した後、私は渡米した。行き先はアメリカ西海岸のカリフォルニア州サンタモニカ市。このまちでは、夕方になると、サンタモニカビーチの崖の上から夕焼けをみることができる。故郷ではみたことがなかった、「空はこんなに広かったのか!」と目が見開いてしまうようなスカイブルーの空。そして緑がかった青色の太平洋。たぶん、マリブビーチのあたりだろうと思うけれど、海岸沿いの端っこあたりに沈んでいく、黄色か、オレンジ色のお天道さん。  太陽が沈んでいくタイミングの"黄金色"の空をみながら、iPodにダウンロードした「君が代」を聴いて、しみじみと故郷を思い出したものだ。「君が代」は、昭和版といったらよいのだろうか、レコード版を録音したような、"ざっざっ"という音が入る。アメリカにきてから友人に教えてもらったPink Floydの"Coming Back To Life"もまた、勇んで単身独立したものの、やっぱり一人の寂しさや孤独さを感じていた自分を癒してくれていたような気がする。  振り返ってみれば、この夕焼けの"黄金色"とは、異なる色が"混ざり合っている"のか。あるいは、"重なり合っている"のか。いまの私には、サンタモニカの夕焼けをそのまま描写することはできない。しかし、国立市の黄金色の空をみて、思うところがある。  国立市の富士見台第三団地の公園では、夕暮れ時に、棟と棟の間から、"黄金色"の空がのぞくことがある。しかしこの夕焼けの空をよくみると、「オレンジ色の太陽」とは単純にいえないのだ。なぜなら、太陽をよくみると、その外側は少し波打つように動いているようにみえ、動きがあるから色が微妙に変化しているようにも思える。太陽をじーっとみていると、"オレンジ"だと思っていた色が、吸い込まれるような黒光りに変わる。オレンジなのか、橙色なのか、よくわからない。"オレンジ"という分節のなかに、言葉では分節できない異なる色が存在している。これらは、「青い空」や「白い雲」についても同様で、もはや単純なラベリング/グルーピングでは括ることができない異なる色が無数に存在している。  さら...